江戸っ子でぃ

長崎県五島市に住む老人が、政治に関する愚痴などを書いています。

ブログ生活10周年(その3で終わり)


ブログ生活10周年を記念しての読み物ですが、いつまでも個人的感傷に浸っている暇はありません。

と言うことで、今日は、二度目のアップで読み物にケリをつけたいと思います。
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<第一話>

<第二話>


 「藩としては、取次ぎをすれば良かったのでは、ありませぬか?」


 木場半兵衛が、自問するように呟いた。しかし、その言葉に盛利は、いたたまれぬ思いでいた。


 「盛次、約定書にはなんと書いてある。」
 「・・・苦情、被害の申し出などは五島藩の責任で始末し、その結末を幕府に報告するように・・・えー、それから、・・・この責務は、今後10年間続くものであり、幕府はその費用として五島藩に6万両を差し出すものである。・・・つまり、我が藩の責任で始末するように、とのことでござりまする。」

 「なに!話しの取次ぎだけではなかったのか!長崎奉行の役人が来たときに約定書に目を通した者は、いなかったのか!」

 「殿、あの折は、私どもは武田隠元殿のお話を聞くのみで、約定書は見ておりませぬ。」


 木場半兵衛は、盛利を責めるような口調で言った。他でもない約定書に署名をしたのは、盛利自身であった。隠元からの説明で満足した盛利は、あらためて約定書の中身まで確認しなかったのである。

 やがて、敷地造成地の近隣の農家からは、鉄の塊のような車の音で子牛が怯え、乳を飲まなくなり死んでしまった、何とかしてほしい。晴れの日には、土埃で野菜が育たなくなった、何とかしてほしい。

 次から、次に苦情が寄せられ、盛利親子を始め五島藩の主だった者たちは、その補償作業で明け暮れるようになった。



15、これって繁栄?


 工事が始まって2ヶ月を過ぎ、五島藩への苦情は相変わらず続いていたが、現地、三井楽はこれまでにない賑わいぶりであった。

 他でもないアドメニア合衆国の軍人達が、三井楽の食堂に出入りするようになったのである。

 やがて、様々な飲食店が出来ていった。

 真っ先に出来たのが、居酒屋「ぶんちゃん」という一杯飲み屋であった。続いて、キレイどころを集めたスナック「レイチェル」、和食どころ「よし」。

 飲食店ばかりでなく、骨董品などを扱う「古ー事」、漢方医学で治療する「ガマ医院」。

 4ヶ月も経つころには、パチンコ店「オニヨメプラザ」、そして、その横には、消費者金融「シカリ」まで出来ていた。

 こうした所には、軍人達だけでなく、地元で農地を売り敷地造成に雇用されなかった年老いた農民達や漁業の不漁で補償を受けた漁民達も出入りするようになっていた。

 三井楽の昼間は、「オニヨメプラザ」の界隈だけが、やけに人通りが多く、かつてのように、通りで農産物・魚介類を売り買いする人々の姿は、全く見られなくなった。「古ー事」には、軍人達が訪れては珍しいものを買い入れ、アドメニア合衆国にいる家族に送っていた。

 パチンコで勝った人たちは、そのまま「ぶんちゃん」や「よし」に入り、一時すると「レイチェル」に流れ込むのである。

 やがて、「レイチェル」で盛り上がった人々も自宅へ帰る時間となるのであるが、店の横にある空き地では、まだ帰りたくない軍人や地元の人達が憂さ晴らしに喧嘩を始める始末。したたか打ちのめされ怪我をした飲兵衛どもは、「ガマ医院」に運び込まれるのであった。

 いかに屈強な漁師や農民たちも軍人達に手出しも出来ず、ちょっかいを出しては殴られる、ちょっかいを出しては殴られる、の繰り返しであった。


 三井楽は、農業や漁業の村ではなく、歓楽街となったのである。

 敷地造成が始まって半年もすると工事も終わりに近づいたのか、人夫の数も徐々に減らされ、平らな広い道路のような所に砂と石灰のようなものを混ぜて流し込む作業が行われていた。

 これまで造成に関わってきた多くの農民は解雇され、鉄条網の外へと解放されていた。

 こうした農民の多くは家を新築したり、先祖代々の墓を新しく作ったりで喜んだものの、仕事が終わってしまうと他にすることも無く、パチンコ店に出入りするしかなかった。

 現地で三井楽の状況を把握するために滞在している盛次にとって、この賑わいを手放しで喜んでよいものか、複雑な心境であった。



16、補償額など


 寛永1812月。

 五島藩家老の七里善喜は、この半年の被害補償額の集計を行い愕然としていた。

  赤瀬漁場 5,400両(3網分)

  一般農民   50

  一般漁民  600


 合計して、650両に上っていた。1両を約10万円で換算すると、6500万円になるのであった。

 報告を受けた盛利は、その額に実感を持てなかった。


 「七里、赤瀬漁場の補償は、途方も無く大きいのー。」

 「はい。確かに。しかし、内訳はこのようになっておりまして、間違いはございません。」


  1網・・・船10艘、漁民30人従事、1回の水揚額20

  6ヶ月・・1網の網揚げ回数90

  補償額・・20両×90回×3網=5,400


 「ふむ。赤瀬漁場は、これほど大きなものであったのか。じゃが、この計算で行くと、幕府から受け取った6万両は、たちまち、なくなるではないか。」

 「はい。これは半年での被害補償額ですので、現在のペースで推移いたしますと5年も持ちませぬ。」


  七里の言葉に、一堂、つばを飲み込んでいた。


 「あー、いや、いや。そうは言いましても、もう、工事も終盤のようでございますゆえ、被害補償が長く続くとは考えられませぬ。」

 「そ、そうか。終わるのか。」


 盛次の工事は終わるとの説明に、盛利は胸をなでおろすと同時に、無意識に浮かせていた腰を下ろし、一堂を見渡した。


 「皆、本年は何かと気苦労の多い年であった。本当に、ご苦労であったのー。僅かではあるが、餅代を支給するゆえ、家族そろって良い年を迎えるように。それでは、七里、後は頼むぞ。」


 安心した盛利は、家来達に餅代を支給する約束をすると、そそくさと自室に帰っていった。


 一方、江戸の「藩制問題研究所」では、冬のボーナスではなく、退職金の話しが行われていた。

 「二人とも、これまで色々お世話になった。私ね、年が明けるとアドメニア合衆国に留学しようと考えているんだ。それで、この事務所も今月限りということで、これ退職金だ。受け取ってくれ。」

 「・・・・。」

 「僕も妻の実家の農場を手伝うことにしたので、やめようと思っていたんですよ。」


 いつも誰よりも大騒ぎする西山須美子は、一人、呆然としていた。やがて、隠元から手渡された包みを開け、のけぞるように驚くのであった。


 「社長。こ、こんなに頂いていいんですか?えー、と。500両ですけど・・・。」

 「え?これ、そんなに入っているの?」

 「この1年数ヶ月の我が社の働きは、それだけの価値があったということだ。すまんが、会社の解散を理解してくれ。幸い、無題君は、奥さんの実家に行くというから、良かったが、西山君は、どうする?」

 「・・・、今日は忘年会のことでも話そうかな、なんて、思っていたんですから、会社を辞めて何をするか、なんて言われても・・・。」



17、飛行場現る


 寛永191月末。
 五島藩は、朝から途轍もなく大きな音で覆われていた。それは、朝日とともに東南の方角から、キラキラ光る物体が連れてきた音だった。


  ゴー、ゴー、ゴー、ゴー、ゴー。


 次から次に、飛んできた。

 それらの全ては、三井楽の鉄条網の中に滑り込んで行くのだった。敷地は、きれいに整地され、長い広い道路のようなものも、すっかり、固められ、そこに降りてきているのであった。

 工事が、終わったのである。

 やがて、その空から舞い降りてきた銀色の鉄の塊は、整地された敷地に整然と並び始めた。

 夕方までには、百を超える塊が整列した。

 翌日、盛次は朝一番に盛利への報告に訪れた。


 「父上、昨日の物体は、ジェット戦闘機とか申すものと、輸送機とか申すもので、敷地はそれらの基地として使われるとのことです。アドメニア合衆国空軍の基地となるとのことです。」

 「なに?基地になる?そうなると、毎日、あのような大きな音で悩まされるのか?」

 「はい。どのような事を行うのか、詳しくはわかりませんが、訓練も行うとのことで、ほぼ毎日、飛び立っては、降りてくるという繰り返しになるとのことでございます。」

 「それは、困るのー。藩内の人々も、不安であろうし、うるさくて昼寝も出来ないではないか。のー、木場、どう思うか。」

 「あれだけの音、魚達が怯えて、漁に響くようなことが無ければよいのですが・・・」


 一方、三井楽の歓楽街は、ジェット戦闘部隊の配属で、さらに活気付いていた。

 スナック「レイチェル」では、江戸から来たという娘も働くようになっていた。


 「江戸で失業し、五島に遊びに来て居ついた娘は、何処のどいつだい?アタシダヨッ!悪いかい?江戸なんて、冷たいもんさ、使うだけ使って、ある日、首だからね。まあ、お金はたんまり貰ったけど、遊んでばかりいても面白くないし、ここのママ良い人だし、働くことにしたんだよッ!で、あんた、誰よ!え?中須川シカリ?何してんの?パチンコ店の横の消費者金融?へー、儲かってんの?なんか、怪しいけどね~。」

 「最近、客が増えてね。なんかね、補償で貰った金が底付いたみたいで、オニヨメプラザで負けた客が来るわけよ。お陰様。」

 「あこぎなまねしてるんじゃないの?」

 「とんでもない。うちは、良心的な店ですから。それより、あんた名前は?」

 「あたし?口説こうってわけ?西山須美子って、言うの。わかった?」

 「なんか、聞いたことある名前だけど。パクってない?」

 「どうだって、良いじゃない。あたしね、フルーツ好きなのよ、頼んで良い?」

 「頼むのは良いけど、最近、やたら高くなってないか?ねえ、ママ。」

 「そりゃあ、そうよ。あれだけ外人さんが来て、何でもかんでも買いあさるんだから、高くなるわよ。ほら、補償金を使い果たした人たち、自分ちで食べる米や味噌まで売っているんだって。どうするんだろうね。」



18、何をハイジャックされていたのか


 「ところで、西山さん、なんで江戸から、こんな田舎に来たわけ?」

 「なんでって、前の会社の同僚がね、ここ、来たことがあるわけ。で、とっても良いとこだって言うもんだから、遊びに来たわけ。しっかし、おじさん、よっぽどアタシのこと気になるんだね。」

 「ああ、珍しいじゃないか。店が終わったら、どう、食事でも。」

 「奢ってくれるの?だったら、和食どころ『よし』で、刺身食べたいよ。」

 「そうか。じゃあ、後で行こうか。しかし、その会社、何していたんだい?」

 「そうね。色んな藩の運営のコンサルティングとかやっていたわけ。でもね、2年位前から、ここの藩の調査とか、藩主のブログにちょっかい出したり、訳のわからないことばっかり。でもね。アタシ、気づいたんだけど、アドメニア合衆国の手先みたいな仕事していたんだと思うの。社長が言っていたんだけど、ここの藩主は人が良くて、簡単に乗っ取ることが出来たんだって。」

 「何を乗っ取ったんだって?」

 「あのね。ブログを利用して、殿様の心を乗っ取ったんだって。」

 「さっきから、ブログとか言っているけど、何?それ?」

 「あ、そうか。皆さんは、パソコンとか知らないんだ。」

 「は?パソコン?」

 「ま、いいか。とにかくね、ここの殿様は、うちの社長に心を乗っ取られたわけ。だから、土地を買い取られてしまったでしょう?」

 「そうなんか。ワシらには関係ないけどね。お陰で、儲けさせてもらっているし。しかし、あの殿、バッカだなー。補償で潰れるよ。」

 「バッカだなー、なんて呑気なこと言ってていいの?この藩がつぶれて困るのは、あんたらじゃないの?」

 「困るもんか。藩がつぶれても、おいらは生きていけるし、年貢を上げるなんぞ言い出したら、江戸にでも出て行くさ。」


 木場半兵衛の心配が、具体化したのは間もなくのことだった。


 「殿、三井楽の漁民から、ジェット戦闘機の音で、魚が寄り付かなくなって、漁が出来なくなり生活に困っているとの申し立てが出ております。」

 「なに?また、補償か?」

 「はい。三井楽だけでなく、岐宿や玉之浦の漁民も漁が出来なくなったと申し立てが出されております。」


 盛利は、それ以上、聞くこともなく自室へ引き込んで行った。

 自室に篭った盛利は、習慣なのか自分のブログをぼんやり眺めていた。一時すると、つばき姫が入ってきた。


 「殿、大変なことになっておりますようで、御心労のことでござりましょう。」

 「うむ。なんとも、迂闊なことじゃった。生活できなくなった農民達は出て行くし、漁民も漁が出来ないと言うし、物の値段は高くなるし、困ったもんじゃ。」

 「殿とて、良かれと思ってなされたこと。過ぎてしまったことは、いたし方ござりませぬ。三井楽では、新しい商売が繁盛していると聞いております。」

 「確かに。しかし、新しい商売が繁盛しても、他の領民に迷惑を掛けることになってしまった。それに藩の財政が立ち行かなくなるのは、眼に見えておる。そこをワシの力では、どうしようもないのじゃ。」

 「殿は、殿なりに尽くされたのです。お疲れならば、後は、盛次に託しては如何でござりますか。」


 つばき姫の言葉を聞きながら眺めているブログには、久しぶりに無題と言う者からのコメントが書き込まれていた。


    -人間万事塞翁が馬、推枕軒中雨を聴いて眠る。-


 相変わらず、理解できないコメントではあるが、盛利は、何か暖かいものを感じていた。

 五島藩第22代当主盛利が退き、第23代当主に盛次がついたのは、この寛永19年のことであった。

(完)



<シカリ弁>
政策実行には、成功もあれば失敗もありますよね。失敗したにしても、そこで素直に間違いを認め、領民のことを思い反省した盛利は、決して悪い指導者ではないと思います。

【参考資料】
1両は、現在の通貨に換算すると約10万円、
つまり、6万両は60億円に相当する金額である。


1網・・・船10艘、漁民30人従事、1回の水揚げ10トン
     1キロ600円として   600万円=60
6ヶ月  2日に1回の網上げ
     15回×6回=90回
補償額  60両×90回=5,400両(5億4千万円)
その他の補償
     農業補償  50両(5百万円)
     漁業補償  600両(6千万円)