江戸っ子でぃ

長崎県五島市に住む老人が、政治に関する愚痴などを書いています。

『大相撲八百長騒動』五島から高みの見物

相撲協会に寄付も何もしていないシカリさんとしては、八百長だろうが、中止だろうが、文句を言えた立場ではないのですが・・・





ぶつかってその後、流れでいきましょう

すぐにはたかないで途中で投げます

二つ貸したから一つ返してもらうよ






八百長に関するメールだそうですが、あっけらか~~ん、ですね。




ビジネスなんや。




これを世間は許さない。大騒ぎです。立ち行かなくなった国会よりも注目されています。




<2011,2,7、asahi.com、社説>

春場所中止―土俵の信頼取り戻せるか


―前略―

 大相撲の三月場所が中止されることになった。 

―中略―
 
 角界本場所を最も大事にし、戦時中も途絶えさせず、土俵を守り抜いてきた。不祥事による中止は初めてだ。 
 
 ―中略―

 八百長は昔からあった――。今、そうした声が多く聞かれる。しかし、相撲のすべてをおとしめてはならない。 
 大相撲は神事として始まった。その歴史から、様式美を含めた伝統芸能的な要素も愛されてきた。 
 相手が勝ち越せるかどうかといった瀬戸際にあるとき、手を緩めることを「人情相撲」と呼ぶなど、一種独特な角界の「空気」も含めて大相撲だと受け止めてきた向きがあった。人情相撲を題材にした落語や歌舞伎もある。 

 ―中略―
 
 伝統芸能とスポーツの要素を併せ持つ特異な存在が大相撲と言えるが、相撲競技の頂点でもあるのだから、やはり八百長は許されない。「そんなものさ」と切り捨てて済む話ではない。

―後略―




『人情相撲』?





なんとなく、許せちゃいそうなネーミングじゃないですか。




人情相撲をネタにする落語のストーリーを、チョット覗いてみましょう。



「谷風の人情相撲」より。


 江戸時代の大横綱谷風梶之助は名人・・・人格者でもあった。生涯一回だけ八百長相撲をヤッタという噺。

 十両の筆頭に上がってきた佐野山は小兵ながら親孝行であった。しかし、母親が大病を患って看病したが治らず、貧乏であったので食べ物を減らして土俵に上がったが、お粥だけでは力が出なかった。仕切だけで疲れて、負けるのも当たり前であった。その為、今期限りで引退だろうと、パッと噂が立った。辞めたら収入もなく悲惨な事になるし、相撲界の恥だと感じた谷風は千秋楽の一番を佐野山戦にして欲しいと願って出た。

―中略―

 木村庄之助の軍配で立ったが、谷風は変に触ると佐野山が飛んでしまうので、身体ごと抱え込んでしまった。見ている方は、もろ差しになったと大歓声。
 
―中略― 
 
 佐野山抱えられているだけで息が上がっているのに、力を入れられたので、腰砕けになってずり落ちそうになった。ずり落ちたら今までの事が台無しになると、谷風全力を出して引き上げた。谷風の身体が紅色にパッと輝いた。
 
―中略―

 佐野山がもろ差しで横綱を土俵際まで追い込んで、金剛力でこらえる谷風を、腰を落として下から谷風を押し上げたように見えた。この状態で谷風かかとをチョット出したのを木村庄之助見逃さず、軍配を佐野山にあげた。

―後略―

<「落語の舞台を歩く」より>



イメージ 1






良い話じゃないですか~。





でも、皆さん目くじら立てて「八百長」は許せないとおっしゃっています。




国民にとって「八百長」は、許せないものなんですね。




八百長」


江戸時代の木戸銭を取っての興行でも・・・中略・・・

観客としては大名の意地の張り合いによる八百長相撲には腹に据えかねていたが、落語の「谷風の人情相撲」など、美談としての片八百長、いわゆる「人情相撲」には寛容だったようだ。

明治に入って近代スポーツの精神が輸入されて以降、見世物としての相撲からスポーツとしての相撲の特色が濃くなり・・・

<Wikipediaより>



江戸の人たちにとっては、「許せる八百長」と、「許せない八百長」があったんですね~。




では、なんで現代の日本社会では、「八百長」は許されないんだろうか。



相撲が、国技だから許されないのだろうか。




でも、相撲を国技と規定する明確な根拠はないとか聞いたことありますけど。




日本相撲協会寄附行為

(目 的)
第 3 条 この法人は、わが国固有の国技である相撲道を研究し、相撲の技術を練磨し・・・・

<相撲協会サイトより>


財団法人日本相撲協会に変わるときに、当時の文部省が上のような規定がある寄附行為(まあ、組織の定款というか規約ですね)を認可したことだけが根拠だそうです。




聞くところによると、国技館は国のもので、相撲協会に使用させているとか。




ん?・・・となると、国民たるシカリさんも、いちゃもんをつけても良いわけだ。




皆さん、そういう立場で大騒ぎしているのだろうか。




それとも、チョット違うような騒ぎ方に見えるんです。






社会正義に反する!






な~~んか、そんな大変な問題として取り上げているような感じ?




芸術、スポーツ、芸能なんかは、一人ひとりの人間が価値判断するもののはず。




もちろん、スポーツ精神にもとるとか、相撲道を汚す行為などと言う視点もあります。




でも、誰が、どのようなスタンスで、どのような権利があって「八百長相撲」を断罪するのか、今一、不明確。




一律に、ピシャッとする必要もないように思われるんですけどね。




例えば、野球でもピッチャーが引退試合をするときに、バッターは見え見えの空振りをするじゃないですか。




もちろん、相撲に関しては、条件として公益法人などやめて、民間団体に戻ることですね。




「正義」なんて、立場でその定義が色々変わるんですから。





ただ、シカリさんがこだわりたい点は、谷風の八百長相撲は、相互の交渉により行われたのではなく、谷風の相手に対する「思いやり」と相撲界に対する「愛情」で行われたと言うことです。







相撲界の皆さん、寄附も協力もしないクレーマー・シカリの寝言など気にせず、自分のスタンスで進んでください。





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