【読物】 『使い捨て家族』最終話
「最終話 小百合の涙」 |
4月29日の夜、写真アルバムや小物が入った荷物を受け取った小百合は、嫌な予感がした。 大阪に電話をしても呼び出し音がいつまでも続いていた。 『お父さんは、何かがあって五島に帰ったのだ。』 そう直感したが連休に入ったばかりで、デパート勤務の小百合は休みを取れるはずもなかった。 五島に向かったのは5月4日のことだった。長崎も福江も大波止ターミナルは、家族連れで一杯だった。連休で、長崎に遊びに行っていた人や逆に五島に遊びに来ていた人達が、それぞれ帰宅を急いでいるのだ。 久しぶりの五島にも、感慨に浸るゆとりもない小百合だった。 その日は、ビジネスホテルに泊まり、翌日の朝、小百合は大荒町の実家へと向かった。 実家がある大荒町は、小百合達がいた頃とは大違いの住宅街になっていた。見覚えのある町並みに入り込むと、どこに行くのだろうか、若い夫婦と子供達が車に乗り込んでいた。 子どもの日で、家族でどこかに遊びに行くのだろう。 思い返せば、小百合たちもあちこちに遊びに連れて行ってもらったものだった。母の幸子が作った弁当を持って、鬼岳のバラモン凧揚げを見に行ったり、夏には海水浴に行ったり、この道路を通って出かけていた。 やがて、実家があるはずの場所を確かめるように近づいてみたが、そこには家はなかった。 見覚えのある古ぼけた2階建てのアパート。 確かに、このアパートの横にあったはずなのに、そこは焼け跡になっていた。 「すみませんが、ここの家は・・・・?」 小百合は、アパートの住人らしい年寄りに聞いた。 「1週間ほど前に火事になって燃えてしまったよ。」 「この家を、男の人が訪ねて来ませんでしたか?」 「さあねえ。あ、そう言えば、焼け跡から男の人の死体が出たとか言っていたよ。あ、ほら、あの人、町内会長さんに聞いてごらん。」 丁度、そこに出てきた富岡を指差して教えてくれた。 「あの~、すみません。私、山村と言うものですが、この焼けた家を男が訪ねて来ませんでしたか?私の父なんですが、昔、私達ここに住んでいたんです。」 富岡は、目の前に現れた娘の説明に聞き入っていたが、やがて、焼け跡から出た死体と、この娘が言う父親が同一人物だと思えてきた。 「ほら、車に乗らんね。」 妻の智代と二人で小百合を五島署まで連れて行った。 遺体は、まだ五島署に置かれていた。連休明けには、行旅死亡人として火葬に付されるところだったのである。 小百合は恐る恐る遺体を確認した。その骨格からみて父に間違いなかった。 「他にね、この骨壷もあったんだよ。」 刑事が示したものは、母の遺骨を納めたものに違いなかった。 「一応、中も確認したんだけど、このハンカチと写真も入っていたんだよ。」 家族写真を見て、小百合は、遺体が父であることを刑事に伝えた。一緒に渡されたハンカチには、何かがマジックのようなもので書かれていた。 小百合へ ごめんなさい。お兄ちゃんを殺してしまった。殺すつもりはなかったけど、はずみで殺してしまったんだ。 全部、お父さんの責任だ。 お母さんに苦労をかけ、高志を追い詰め殺し、小百合にとんでもない苦しみを味合わせることになってしまった。 お父さんは、折角、作った家族を、家を、みんな捨ててしまった。 みんなを大事に思い生きてきたのに、家を、家族を使い捨てにしてしまった。 これだけは信じて欲しい。ずっと、ずっと、みんなで暮らしたかった。だけど暮らせなかった。 お願いだ。お兄ちゃんを葬ってやってくれ。 大事な小百合に、こんな事を頼む不甲斐ない父を、許してくれ。 お母さんの所に行きます。 修君と幸せになって下さい。 小百合、わずかな時間だったけど家族でいられて嬉しかったよ。 ありがとう。 それまで、精一杯、我慢していた小百合であったが、ついに座り込んで泣き崩れてしまった。 「お父さん。私も、お兄ちゃんやお母さんやお父さん達と、ずっと一緒に暮らしたかったよ。ずっと、ずっと、五島で暮らしたかったよ。お父さんは、捨てたんじゃないよ。捨てたんじゃないよ。みんなを守るためには、そうするしかなかったのよ。」 富岡と智代は、泣き続ける小百合の後姿に、大荒町のあの焼けた家にあったはずの家族の悲哀を見て、思わず涙するのであった。 (完)
長い間、つまらない読み物にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。次回、ワシの思い入れなどを書きたいと思います。 |
第十六話 我が家へ
第十五話 冬の別れ
第十四話 新しい家族
第十三話 引きこもり
第十二話 屈辱
第十一話 転出
第十話 思い出
第九話 妻の病気
第八話 絶望
第七話 妻の仕事
第六話 高志の進学
第五話 子供の成長
第四話 夢のマイホーム
第三話 町内会長の憂鬱
第二話 火事現場には
第一話 真昼の火事
第十五話 冬の別れ
第十四話 新しい家族
第十三話 引きこもり
第十二話 屈辱
第十一話 転出
第十話 思い出
第九話 妻の病気
第八話 絶望
第七話 妻の仕事
第六話 高志の進学
第五話 子供の成長
第四話 夢のマイホーム
第三話 町内会長の憂鬱
第二話 火事現場には
第一話 真昼の火事