【読物】 『使い捨て家族』その10
「第十話 思い出」 |
幸子の病状は落ちついたものの、仕事も家事も出来なくなっていた。 昇にとって、仕事と家事をこなすことはさして苦労でもなかった。しかし、いかにも不自由そうに歩く幸子を見ることは、なにより辛いことだった。 「あなた、ごめんなさいね。もう少ししたら、私、家事くらい出来るようになるから。」 「ああ、良いんだよ。焦らずに、ゆっくりしていなさい。今の仕事は、時間が決まっているから、そんなにきついことじゃないし、家事と言っても、たった二人分だから大した事ないよ。」 「ローンの支払いもあるのに、すみませんね。」 昇の収入は、昨年よりずっと減っていた。しかし、二人だけの生活費はそれほどかからない上に、就職した二人の子供達からの仕送りで、なんとかローンの支払いが出来ていた。 そんなある日、幸子が不自由な体で何かを探していた。 「何を探しているんだい?」 「高志が生まれたときに買った武者人形は、どこに置いていたかしら。」 高志が生まれた時は、まだ、狭い借家住まいで、若い二人にはゆとりもなかったが、記念にと武者人形セットを買い五月には飾っていたのである。その武者人形も高志が小学生の頃までは飾っていたものの、いつの間にか押入れの奥に仕舞い込まれていた。 そのセットの箱を昇が出すと、幸子は嬉しそうに箱をなでていた。 「懐かしいね。久しぶりに出してみるか。」 昇は、箱を雑巾で拭き、蓋を開けると武者人形を取り出し、床の間に飾った。 「随分、ほったらかしていたけど、汚れもなくて綺麗だね。ほら、武者が敷いている敷物だって、ふかふかだよ。」 「あら、本当。昔のままね。小百合のお雛様セットも大丈夫かしら。」 「大丈夫だと思うよ。」 「小百合のお雛様は、お雛様と親王様だけの飾りだったけど、新しい家の床の間にピッタリだったわね。」 「そういえば、小百合はお雛様の前で、いつも何かぶつぶつ独り言を言って遊んでいたよね。」 「そうなのよ。私が近づくと、ニコニコしてお湯飲みで『どうぞ』ってお茶を出すしぐさをしたりして。」 「そうだよね~。幸せだったよね~。」 「今だって・・・、あなたに迷惑かけているけど、私、幸せよ。高志も、小百合も就職できたし・・・。」 「高志と小百合は、幸せに暮らせているんだろうかね~。」 「幸せに決まっているわよ。二人ともしっかりした会社に就職できたし、高志は忙しそうだけど、ちゃんと生活出来ているみたいだし。」 「俺は、子供達に高校に行け、大学に行けって、そればっかりで、そのために必死に働きもしたけど、今思うと、子供達のどんな生活を望んでいたのか。」 「良いじゃない。まずは、二人が安定した生活が出来るようになったんだから。後は、二人がどんな生活を築いていくか見守るしかないでしょう。」 「俺も、最初はそう思っていたけど、最近、高志が五島に残りたいって高校生の頃言っていたのを思い出して、無理して大学にやって良かったのかどうか、わからなくて。それに、もっと他に教えてやることがあったような気がして・・・。」 「あなたは、二人のために一生懸命働いてきたんですから、後は子供達が頑張りますよ。きっと。」 不自由ながらも穏やかな生活が続いたのは、その年の秋までだった。 秋になると、昇の仕事は割り当ての時間が少しずつ減ってきていた。しかも、毎月送られてきていた高志からの仕送りも9月には途絶えていた。高志とは、連絡もなかなか取れなくなっていた。残業続きで、なかなかアパートにいないのであった。 減った仕事を埋め合わせようと、あちこちバイトを探す昇であったが、都合の良いバイトが続くこともなく、仕事のない日は、図書館や公園で暇をつぶすようになっていた。仕事が減っている事を、幸子には知られたくなかったのである。 他に収入のあてもない昇は、生活費の不足分を消費者金融で借りては返すという生活に陥っていた。 当然のことだが、回を重ねるごとに金額は少しずつ膨れ上がっていた。