ドゥテルテ比大統領にもてあそばれた安倍晋三
安倍晋三首相とフィリピンのドゥテルテ大統領の26日の会談では、両国関係の強化と南シナ海問題での法の支配重視を確認したことで、中国寄りと見られてきた同氏の「バランス外交」ぶりが鮮明になった。日本はフィリピンの抱き込みを図る中国に対抗し、巻き返しを図る構えだが、日中双方と関係強化を進めるフィリピンの真意は見えづらく、今後の動向は不透明だ。
◇日本 中国に対抗、巻き返しを図る構え
会談の冒頭、首相が「大統領の訪日を通じ両国関係を飛躍的に発展させたい」と呼びかけると、ドゥテルテ氏は「日本との絆を強化するためにやって来た」と応じた。「他国訪問は経済的な目的のためで軍事的な話は全くしていない。私どもは時が来れば常に皆さん方に立つ。安心してください」とも述べ、日本に先立つ18~21日の訪中は経済連携が目的と強調した。
フィリピンとの関係強化を巡る日本の中国への対抗姿勢は鮮明だ。中比が今月20日の首脳会談を受けて協力文書をまとめたことを踏まえ、日本は当初予定していなかった共同声明の文書化をフィリピン側に呼びかけ、26日に発表した。日本はドゥテルテ氏が最重視する麻薬対策でも中国と同様に協力姿勢を示し、麻薬常習者の更生支援を表明した。総額約213億8000万円の円借款供与は中国の約2兆5000億円の経済支援には及ばないものの、地方都市のインフラ整備で同氏の地元ミンダナオ島も含めて実施を約束した。
南シナ海問題を巡っても、首相は会談後の共同記者発表で同氏の訪中に触れ、「比中関係の改善、発展への尽力を歓迎する」と表明したが、15項目からなる共同声明では大半で海洋安全保障や南シナ海での連携に言及。比中間で仲裁判決の事実上の棚上げに合意したことを「上書き」(外務省幹部)する狙いだ。
首相自ら夕食会の献立を確認し、同氏の好物の和食やワインを指示するなど、日本の異例の厚遇ぶりに対し、同氏は首相主催の夕食会で「日本は兄弟より近い関係にある真の友人」と持ち上げるなど日本重視発言を連発。日本側の懸念は一定程度払拭(ふっしょく)された形だ。外務省幹部は「フィリピンが外交の多角化を目指している」と述べ、フィリピンが中国一辺倒でなく、日米と中国の間で「バランス外交」を取っていると指摘する。
ただ、同氏の反米姿勢が軟化するかは不透明で、日本は米比、中比関係もにらみながら対応を模索することになりそうだ。日米比が連携し南シナ海問題で「中国包囲網」を築く従来の戦略は根底から見直しを迫られており、フィリピンの親中反米姿勢が強まれば、2月締結の防衛装備品・技術移転協定に基づく防衛協力や交流にも影響が出かねない。【小田中大、村尾哲】
◇ドゥテルテ大統領の真意、見えず
「(中国とは)仲裁判決に基づく協議しかできない」。ドゥテルテ大統領は26日、安倍首相との会談であっさりそう語った。仲裁判決を棚上げし、中国との2国間協議の再開で一致した習近平・中国国家主席との会談からわずか6日。ドゥテルテ氏は今度は日本で、仲裁判決重視と受け取れる姿勢を示したのだ。だが、相変わらずの反米的な発言は、米国を軸とした日本の安全保障政策と矛盾する。ドゥテルテ氏の真意は何か。
ヤサイ外相は26日の記者会見で対中外交政策について「今は紛争については横に置いて、やがて時期が来たときに2国間で協議し、解決策を探す」と説明した。この説明を踏まえると、実際には中比両国は仲裁判決は棚上げしているものの、最大の貿易相手国であり、投資国でもある日本との協調をアピールするため、ドゥテルテ氏が日本に「リップサービス」した可能性も否定できず、今後再び「中国寄り」に転じるのではという疑念はぬぐえない。
発言が二転三転し真意が捉えにくいドゥテルテ氏だが、はっきりしているのは、根深い反米感情だ。「今後2年間で外国の軍の支配から自由になる。必要があれば合意をやり直す」。ドゥテルテ氏は26日午後、東京都内の講演会で、国内に巡回駐留する米部隊の撤退や米軍の本格的な再駐留を可能にする新軍事協定(2014年締結)の見直しを示唆した。さらに米国の植民地支配に触れ、「フィリピンは米国の支援なしに生き残っていける」と、米国からの“離別”を改めて訴えた。
アキノ前政権時代、日米比は中国への警戒感で一致し、「中国包囲網」形成を狙っていた。だが、ドゥテルテ氏就任以降、米比関係は冷え込んだ。ドゥテルテ氏は「親日家」を強調するが、米比関係が揺らげば、日本の海洋安保政策も成り立たず、アジア太平洋地域の安全保障体制も揺るぎかねない。
東南アジア各国などは、日本も含めた今後の動きを慎重に見守っている。タイの英字紙ネーションは26日付社説で、米国の次期大統領が新政策を打ち出すまで「不確実な状況が続く」との見方を示した。インド・ジャミア大のスジート・ダッタ教授は「ドゥテルテ氏の米国離れは今後も続くだろう。そうした中、フィリピンと敵対的な関係のない日本は重要なファクターだ。安倍政権が戦略的な関係を強めれば一定の影響力を保てる」と、南シナ海やアジア太平洋の安定維持への日本の役割に期待を示す。【岩佐淳士、バンコク西脇真一、ニューデリー金子淳】