江戸っ子でぃ

長崎県五島市に住む老人が、政治に関する愚痴などを書いています。

見える「幸せ」

6月6日の長崎新聞うず潮」欄に掲載されましたワシの文章(原文)を掲載します。読んでくださいね。








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見える「幸せ」


 昨年末は、ちょっとしたブータン・ブームでした。
 11月に来日された国王夫妻の東日本大震災の被災者を見舞う姿は、一挙に日本人の心を虜にしたのです。同時に、国民の約97%が「幸せ」と回答していることへの驚きが拍車をかけたのでしょう。

 「幸せ」と言えば、アマゾン奥地に棲むメイナク族が「幸せ」という言葉を持たなかった、ということを知ったのは十数年前のこと。西洋人が入ってきて、「幸せ」という言葉が教えられたとのこと。もちろん、そのような心理状態がなかったわけではなく、西洋人の「happy」に対応する感覚としては「みんなが賑やかなこと、みんなが穏やかなこと」という説明がされていました。

 引用文で少し読みづらくなりますが、北山・ミシガン大学教授の論文「洋の東西で幸福感にどのような違いがあるか」(月刊「科学」2010年3月)では、日本人は「他者との協調に喜びを見つけつつ、同時に他者からの妬みや拒絶を恐れるがために、幸福そのものから一歩引いてしまうといった対人不安と共存した幸せ像」を持ち、一方、アメリカ人の幸せ感は「『目標達成』『何らかのものの獲得』といった独立課題での成功経験そのものにある」と日米国民の幸せ感の違いを解説しています。
 しかし、最近の日本人の生活を見て、「他者との協調」つまり「みんなで」という考え方が少なくなったと考えている方は多いのでは。

 五島では、家の土間や玄関に「シャン木」をつるし、正月にはこれにブリや大根などを掛け、ヘゴやコンブを飾りとする風習があったそうです。シャン木は、漢字で書くと「幸木」。不幸があると取り替えるため、古いシャン木はその家の幸せ度を示すもので誇りだったとか。言葉で表すまでもなく、見える「幸せ」が身近にあり、その幸せをみんなで共有していたのです。そして、そんな生活が、つい最近まで続いていたのです。









随分、お金持ちになった日本人ですが、みんな、幸せなんでしょうか?










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