江戸っ子でぃ

長崎県五島市に住む老人が、政治に関する愚痴などを書いています。

【読物】 『使い捨て家族』その7

「第七話 妻の仕事」


 
 高志が大学に入学して2年目のことだった。

 幸子が長いあいだ勤めてきた事務用品会社が、突然、倒産した。経営状態が悪化しているという話しもなく、倒産のその日までみんな普通に勤務していた。
 ただ、社長の姿は、朝から見かけなかった。
 その日の夕方、社長一家が行方不明になっていることが分かり、狭い事務所の中は債権者などでごった返していた。

 会社は、社長とその奥さんの二人で運営しており、倒産処理をする者もいなかった。債権者は、それぞれ勝手にめぼしい物を持ち出すのであった。
 幸子たちは、ただ、呆然と眺めているだけで、なす術もなかった。当然、その月の給料も退職金ももらえなかった。

 なんとか失業保険だけはもらえるようになったが、将来への不安で幸子の胸はつぶれそうであった。家のローンと、高志への毎月の仕送り、さらに、あと2年で小百合も進学させないといけなかった。

 「お母さん、私、大学に行って、その後、アメリカに留学したいの。」

 「何を言っているのよ。あなたは、短大までよ。何が、アメリカよ。」

 あまりの不安に、小百合の冗談すら受け止めることが出来なかった。


 幸子は、悩んでいても何も前に進まないと、近くのスーパーでパートタイムの仕事を見つけ、時には、少しでも長い時間勤務できるよう、休みの人の分まで引き受けていた。
 それでも、前の会社で働いていた時の賃金の半分もなかった。

 半年ほどして、スーパーでの勤務を昼間に限定し、夜間は公共施設などの清掃のパートもするようになった。このことで収入は増えたものの、幸子の体は悲鳴を上げていた。
 
 「無理するんじゃないぞ。」

 そんな幸子に、昇は型どおりの言葉をかけるのが精一杯だった。小百合も家事の手伝いなどをするようになっていたが、部活などの合間のことだった。 


 高志は、大学進学以来、五島に帰ることもなく、音沙汰もなかった。

 小百合は、中学を通してソフトテニス三昧の日々であったが、無事、市内の商業高校に進学した。高校でもソフトテニスは続けていたが、勉強は苦手なようで、テストの成績など見せることもなかった。

 幸子は、小百合に『短大まで』と言ったものの、現在の家計ではとても無理であることで悩んでいた。

 「小百合、進学のことで学校からの面談の知らせ来ないわね。」

 「あ、面談のお知らせもらったけど、断ったよ。お母さん仕事忙しいし、それに、私、高校卒業したら就職するから。」

 「えっ?短大に行くんじゃなかったの?」

 「行かないよ。勉強嫌いだし、私、福岡のデパートに勤めたいと思っているんだ~。」

 「福岡の?」

 「そう。そこは社内にソフトテニスのクラブがあるんだって。だから、そこに行きたいな~、って考えているの。」

 小百合の思いがけない回答に、思わず胸をなでおろす自分に、少し罪悪感を覚える幸子だった。

 「そんなことで、進路を決めて良いの?」

 「良いも何も、たった一度の人生、自分に合ったことしないと、慣れないことで不安ばかりの人生より、ずっと良いんじゃない?だから、小百合は就職するの。」


 そう言っていた小百合は、希望通りのデパートに就職が決まり、大学に行っていた高志も留年することもなく大阪の建設会社に就職が決まっていた。

 平成6年は、明るいニュースで年明けとなった。






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