江戸っ子でぃ

長崎県五島市に住む老人が、政治に関する愚痴などを書いています。

お米の日

まいど!










毎度、退屈な記事のアップで申し訳ありません。本日(8日)付け、長崎新聞うず潮」欄に掲載されましたワシの文章の原文をアップします。ヒマがありましたら、読んでください。













お米の日   
                         

 ご存知でしょうか、8月8日を「お米の日」として、米食推進キャンペーンが行われていたことを。
 ところで、総務省の家計調査によると、去年1年間の米購入額は1世帯当たり2万7780円で、パン購入額は2万8368円。
 ついに、米よりパンの購入額が上回ったのです。単純に、米がパンに負けたということではないが、多様化する食生活により、米を中心とする日本型食生活が減少していることは間違いない。

 今年3月、文化庁などは「和食;日本人の伝統的な食文化」をユネスコ無形文化遺産に登録申請することを決定しました。
 和食が注目され始めたきっかけは、1977年にアメリカ上院特別委員会が公表した「米国の食事目標」という報告書において、健康上、和食が有効と評価されたことにあります。この流れを受け日本では、1983年に「食生活懇談会」から「私達の望ましい食生活」と題する提言が出され、和食が再認識されたのです。

 和食軽視の起源は、明治にあります。
 森鴎外は、作品「妄想」で、明治政府での食物改良議論の様子を、「米を食うことをやめ、沢山牛肉を食わせたいというのであった。その時自分は『米も魚もひどく消化のよいものだから、日本人の食物は昔のままが良かろう』と言った」と記述し、自分の思いを「何千年という間満足に発展して来た日本人が、そんなに反理性的生活をしていようはずはない」とのべています。
 鴎外は、陸軍医官としてドイツ留学もし、海外事情に精通した人。その彼の日本文化への思いは、洋風化の流れの前に無力でした。

 戦後、この傾向はさらに強まり、カロリー価で食物の値打ちを決める方向に進みました。一方では、経済成長と共に家族団らんの時間が減少し、インスタント食ですます家庭も増えたとか。
地元の米・野菜などで作った食事を、一家そろって食べるという日本型食生活。考えるうえで、「お米の日」の意義は大きい。












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