江戸っ子でぃ

長崎県五島市に住む老人が、政治に関する愚痴などを書いています。

【読物】 『使い捨て家族』その11

「第十一話 転出」


 平成6年、大学卒業と同時に大阪の建設会社に就職した高志は、先輩の下で現場での仕事をしていた。
 高志の会社は、大手建設会社の下請けで成り立っている本体工事専門の会社だった。
 現在、請け負っている仕事は大阪郊外の市立文化会館の建設工事で、2年度にまたがる工事の最終年度となっていた。

 朝は8時の体操の後、下請け会社の現場監督や設計士が集まっての工程会議で工事の進捗状況の確認やら変更が必要な箇所の確認を行うのであった。
 高志の仕事は、この会議で確認されたことの現場での再確認や、変更に伴う本体部分の図面の引きなおし、工事工程表の作り直しなどであった。もちろん、工程も最終段階で大きな変更はなかった。しかし、始めて現場を経験する高志にとっては、小さな変更も大きな仕事のように思えていた。

 工期もあと2ヶ月となった7月の末、突然、先輩が出社しなくなった。4月以来、いつも二人で現場をこなしてきた高志にとって、どうしてよいか、途方に暮れるばかりだった。会社に連絡しても、代理の者は配置されなかった。会社によると、完成検査の時にはベテランをよこすので、それまでは一人で対応するようにとのことであった。

 それ以来、高志は残業の毎日になった。昼間は、電気工事屋や給排水空調の設備屋さらには内装屋との現場での協議やら修正した箇所の施工状況の確認、夜は、図面の引き直しとせわしい日々を送っていた。
 全てに自信がなく、不安な日の連続だった。図面の引き直しも、現場で確認したはずの数値に自信がなくなり、再び、現場に出かけ確認するという、ベテランならなんでもないことで無駄な時間を費やしていた。そんな毎日の中で、小百合と約束した親への仕送りも8月を最後に忘れてしまっていた。



 平成8年夏。
 家のローンと高志の学資のローンを抱えた昇は、もう限界だった。小百合からの仕送りは続いていたが、高志からの仕送りは2年前から途絶え、かと言って催促することも出来ず、消費者ローンでの自転車操業で毎月をしのいでいた。

 「幸子、俺、出稼ぎに行こうかと思っているんだけど・・・。」

 「えっ?出稼ぎ?」

 「うん。出稼ぎと言うか、幸子も一緒に都会に出て、働いたらどうかと思っているんだ。」

 幸子は、一瞬、昇の顔を見つめたが、事情を察したようで頷いた。

 「私は、あなたの決めたことに従うわ。」

 「警備の仕事も勤務できる時間が減ってきているんだよ。ハローワークで県外の仕事を探していたら、大阪とか名古屋方面なら結構良い仕事があるんだよね。どうせなら、高志がいる大阪に行こうかと思っているんだけど。」

 数日後、高志に大阪に出てくることを伝えたが、高志の反応は鈍かった。

 「疲れているのか?」

 「うん。少し・・・。」

 「それでね。高志と同じアパートで暮らしたいんだけど、大丈夫かな?」

 「俺の部屋は狭いから・・・、他の部屋を借りるしかないよ。同じアパートで空き部屋はあるみたいだけど・・・。」

 「そうか。すまないけど借りる手続きをしてくれるか?」

 「ああ・・・・。」

 昇は、大阪市内のメッキ工場への就職を決め、転出のための荷造りなど準備を進めた。衣服や生活用品の荷造りが終わり、アルバムを見ている昇に、幸子が声をかけてきた。

 「この前の武者人形とお雛様のセット、きちんと手入れをしたいんだけど・・・。」

 「そうだね。乾燥剤とか入れたほうがいいね。」

 武者人形や雛人形を出し、新聞紙や乾燥剤を入れながら、丁寧に納めていった。

 「大阪には連れて行けないのよ。ごめんね。早く帰ってくるからね。」

 昇も同じ気持ちであった。二人の子供の思い出を置いて行かざるを得ないことは、胸をえぐられるほど辛いことだった。それぞれのセットを箱に入れ、箱をロープでしばり、床の間の横の押入れに仕舞い込んだ。

 9月の五島は、まだまだ暑かった。
 前日には荷物を送り出し、念入りに戸締りをして、大きなバッグ一つを持って家を出た。近所付き合いもない二人ではあったが、それでも気づかれないようにひっそりと出て行った。





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